お勤めの会社では、残業代の支払い方法として、「残業代は基本給に含む」とか、「残業手当として月に5万円支給する」など、定額払いとされていて、どんなに残業をしても支給額が増えない、ということはないでしょうか。
残業代を全く支払わないのではなく、独自の支払方法をしているのだから、それ以上は請求できないとお考えの方もいらっしゃると思います。しかしながら、このような給与体系が定められているからといって、残業代の請求を諦めてしまうのは尚早です。
本稿では、残業代について独自の給与体系があっても、これが無効となり残業代請求ができる場合について、詳しく解説します。
目次
残業代を基本給に含むとしたり、定額・固定の手当として支払ったりするのは法的に有効なのか?
所定の労働時間を超えて仕事をした場合には、その時間分に対応する残業代(割増賃金)を会社に請求できるのが原則です。ところが、会社にとって、毎月、従業員の残業時間を集計し、それに応じた残業代を計算するのは事務処理上の負担が大きくなります。そこで、毎月一定額の残業代を、基本給に含めて支給したり、「残業手当」等の名目で基本給とは別の定額の手当として支給したりすることで、残業代計算の事務処理の負担を軽減している会社も少なくありません。そして、このような支給方法も、実際に仕事をした時間に対応する残業代を上回っているのであれば、適法となる場合があります。
それでは、どのような場合に、このような独自の給与体系が有効となったり、無効となったりするのでしょうか。以下、基本給に含めて支給する場合と、定額・固定の手当で支給する場合に分けて説明します。
残業代を基本給に含めるとした場合
残業代を基本給に含むという給与体系は、①基本給のうち残業代に当たる部分を明確に区分して合意し、かつ、②労働基準法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払日に支払うことを合意した場合に有効になるという裁判例があります。ただし、現在は、②のように差額の支払いの合意までは不要というのが多数説です。
そこで、①のように基本給部分と残業代部分との区別が明確となっているかがポイントとなります。この明確性が要求されるのは、労働者が、基本給に含まれている残業代が法律上正しいのかを確認できるようにするためですので、その目的が達成できないような規定であれば無効ということになります。
具体的には、単に「基本給には残業代を含む」というだけでは何時間分の残業代か分からないため、無効とされます。これに対し、「基本給のうち、○○万円を××時間分の残業代とする」というような規定であれば、基本給部分と残業代部分が区別できるため、有効となる可能性が高いでしょう。
微妙なのは、1か月の所定労働時間が定まっていて、「基本給○○円には、1か月××時間分の残業代を含む」と定められている場合です。このような場合には、固定残業代をX、時間単価をYとする連立方程式を解くことで、基本給のうち、残業代に当たる部分を求めることができますので、基本給との区分は不可能ではありません。
例えば、月の所定労働時間が150時間、基本給50万円に40時間分の残業代が含まれていると規定されているケースでは、
(50万円-X)÷150=Y
Y円×40時間×1.25=X
という連立方程式を立てることができ、これを解くと、X=12万5,000円となり、基本給37万5,000円、残業代12万5,000円と区分されます。このような規定については裁判官によっても見解が分かれているようで、方程式を解かなければ分からないというのは明確性が不十分だ、という見解と、解けば区分できるのだから十分明確だ、という見解があります。東京地方裁判所では、後者が多数派のようです。
定額・固定の手当で支給するとした場合
残業代を定額・固定の手当で支給する給与体系が有効となるためには、①当該手当が実質的に残業代としての対価を有していること、②定額残業代として労働基準法所定の額が支払われているかどうかを判定することができるよう、その合意の中に明確な指標が存在していること、③当該固定額が労働基準法所定の額を下回るときは、その差額を当該賃金の支払日に精算するという合意が存在するか、少なくとも、そうした取扱いが確立していることという要件が必要であるとした裁判例があります。ただし、③については、前記(2)基本給に含める場合と同様、不要とされるのが多数説です。
定額・固定の手当で支給する場合には、基本給との区別はできており、何時間分の残業に相当するかが明らかになっていれば、②についてはあまり問題にならないと思われます。問題になるのは①で、これについては、実質が重視され、必ずしも「残業手当」のように、手当の名称に「残業」を示す言葉が入っていなくても残業代として認められた裁判例があります。
定額払いが無効な場合の残業代の計算
定額払いが無効となった場合は、基本給に残業代が含まれるとされている場合でもその基本給全部が、手当として支払う場合でも基本給にその手当を含めた金額が、時間単価を求める基礎となります。
例えば、月の所定労働時間が150時間、基本給が30万円、60時間分の残業代として手当が15万円支給されているケースで、実際には1か月に100時間の残業があったとします。この場合、手当が残業代として認められないと、基本給30万円に加え、手当の15万円も含めた金額が時間単価を求める基礎となるため、
(30万円+15万円)÷150時間=3,000円
が時間単価となります。
その上、手当の支給は残業代の支払いと認められないことになりますので、1か月の残業代は、
3,000円×100時間×1.25=37万5,000円
となります。
仮に、2年分請求するとすれば、900万円もの残業代を請求できることになります。
これに対し、手当が残業代と認められる場合には、基本給の30万円が時間単価を求める基礎となるため、
30万円÷150時間=2,000円
が時間単価となります。
また、毎月15万円は残業代として支払済みとして扱われますので、1か月の残業代は、
2,000円×100時間×1.25-15万円=10万円
となります。
上記無効となる場合と比べると、2年分の請求額にすると660万円もの差額が生じることになります。このように、多くのケースでは、定額払いが有効か、無効かによって、請求できる金額に大きな差が生じることになります。なお、上記の計算式は、金額を分かり易くする便宜上、1.25倍の割増をされない残業部分を考慮していないため、実際の金額とは若干の誤差があります。
まとめ
以上のとおり、残業代を定額払いとされている場合には、その給与体系が有効か、無効かによって請求できる金額が大きく変わり、有効と判断されれば、弁護士費用をかけて請求した場合、費用倒れになることも十分考えられます。昨今は会社側でも残業代請求に対して防衛をしているケースが多く、定額払いを定める賃金規程等を慎重に検討する必要があるでしょう。また、定額払いが無効となる場合でも、残業をしたこと自体の証拠は必要となります。弁護士に残業代請求を依頼するにあたっては、会社の賃金規程等とともに、タイムカード等の証拠も可能な限り準備されることをおすすめします。