遺産相続で生じるトラブルの原因の多くは、遺言の形式や内容に不備があったり、そもそも遺言書自体がなかったりするなど、適切な遺言書が作成されていないことにあります。そこで、本稿では、形式的にも内容的にも問題のない遺言書を作成するためにはどうすればよいのか、遺言書作成にあたり知っておきたい知識をまとめました。遺言書がないと、どのような不都合が生じるのかという観点から、遺言書を作成する必要性についても解説しますので、合わせてご確認ください。
目次
そもそもなぜ遺言書が必要か、遺言書がないとどうなる?
相続のための準備としては色々なことをしなければなりませんが、その中でも遺言書の作成は最も重要なことのひとつといえるでしょう。では、なぜ、遺言書の作成が必要なのでしょうか。これは、遺言書が作成されないまま相続となってしまうとどうなるか、を考えてみると分かり易いと思います。
遺言書が作成されないまま被相続人が亡くなると、法律で定められている相続人(以下「法定相続人」といいます)が、法律で定められている相続分の割合に応じて、遺産を相続することになります。これだけだと、何が不都合なのか、今ひとつピンと来ないかもしれません。詳しくみていきましょう。
相続人や相続分の割合が法律どおりとなり、変更できない
まず、法定相続人が相続人になるという点ですが、遺産を相続させたい人と法定相続人がぴったり一致するケースであれば、この点は特に問題にはなりません。
ところが、法定相続人とならない人に遺産を相続させたい場合や、逆に、法定相続人の中に遺産を相続させたくない人がいるという場合には、遺言書を作成しておかないと、上記のような相続人に関する意向が反映されないことになります。
また、相続人は法律どおりでいいとしても、例えば、老後の面倒をみてくれた人を優遇したいというように、相続分を法律とは異なった割合にしたいという場合にも、遺言がなければ法律の定めどおり一律に扱われてしまうことになります。
遺産が共有となり、分割方法をめぐって争いとなるおそれがある
また、相続人や相続分の割合が法律どおりでいいというケースでも、遺言書を作成していないと、遺産の分け方をめぐって相続人間で争いが生じてしまう場合があります。
遺言書が作成されていない場合、相続が発生すると、法定相続人が、それぞれ法律で定められた割合に従って、遺産を取得することになります。この「割合に従って取得」とは、遺産となる財産が、それぞれ、相続人の共有となることをいい、各相続人は、自分の相続分に応じた持分をもつことになります。
例えば、相続人が、妻と子供2人、遺産が自宅の土地建物、家賃収入のあるアパート、車、預金であるというケースでは、それぞれの財産について、妻が2分の1、子供は4分の1ずつ持分を有するという状態となります。
しかしながら、共有の状態というのは財産の使用や処分について他の共有者と調整が必要となり何かと不便です。これを解消するには、共有となっている遺産を分けて、各相続人の単独所有にしなければなりません。これが「遺産分割」という手続です。
遺産分割は大変
上記のケースでは、預金については、端数を別とすれば数字できっちり法定相続分どおり分けられますので、比較的トラブルになりにくいといえます。ところが、土地建物や車については、現物を持分の割合に応じて切り分けるというわけにはいきませんので、分け方が問題となります。その際、1人が単独所有して、他の人はお金でもらうか(この分け方を「代償分割」といいます)、不動産を売却して、代金を相続分に応じて分配するか(この分け方を「換価分割」といいます)、という方針をめぐって相続人間で対立が生じることがまず考えられます。
また、代償分割をする場合に、物件を取得しない相続人にいくら支払うのかは、物件の価格をいくらで評価するかによります。この評価額も、対立が激しくなるポイントの1つです。さらに、取得を希望する物件が重なってしまうような場合には、紛争はいっそう複雑となります。
このようなケースでは、遺産分割の問題は裁判所での調停等の手続を経ることになり、解決まで数年かかることも珍しくなりません。さらに、専門家として弁護士に手続の代理を依頼すると、弁護士費用も少なからずかかることになります。
遺産分割にかかる費用については、別稿「遺産分割にかかる費用を詳細解説!気になる弁護士費用はいくら?」をお読み下さい。
以上のとおり、遺言書を作成しないとどうなるか、そのデメリットは、
- 誰に、どの財産をどれくらい残すかという被相続人の思いを実現できないこと
- 遺産の分割をめぐって、相続人間でトラブルが生じ、解決までに多大な時間と費用がかかるおそれがあること
の2点にまとめられます。これらの不都合を防止する手段として、適切な遺言書を作成しておく必要があるのです。
遺言書の種類と特徴
では、適切な遺言を作成するにはどうすればよいでしょうか。遺言の形式は1つではなく、それぞれ、作成の仕方や相続後の扱いなどが異なりますので、まず、遺言の種類について、それぞれどのようなものか確認しましょう。
自筆証書遺言
遺言者が全文・氏名・日付を自分の手で書き、押印して作成する遺言書です。
紙とペンと印鑑があれば一人でいつでも作成でき、費用もほとんどかからないというメリットがあります。これに対し、後記自筆証書遺言作成時の注意点で詳しく解説するとおり、形式面が厳しく法律で定められており、不備があると遺言の全体が無効とされてしまうこと、内容を改ざんされたり、遺言書自体を隠匿されたりしてしまうおそれがあること、内容が不明確だと、紛争の原因となってしまうことなどのデメリットがあります。
公正証書遺言
遺言者が遺言内容を口述し、それを公証人が記述して作成する遺言書です。
公証人は、公正証書の作成や会社の定款の人証等を業務とする公務員で、主に退官後の裁判官や検察官が任命されますので、法律のプロといえます。そのため、公証人が関与して作成される公正証書遺言は、形式面・内容面で無効とされるおそれがほとんどなく、紛争の防止手段としての安定性・確実性が抜群であるというメリットがあります。反面、遺産の金額に応じた費用がかかること、手続が比較的面倒で、証人が2名必要となり、作成時に同席してもらう必要があることといったデメリットがあります。
秘密証書遺言
遺言者が署名・押印して作成し、封印して、公証人により交渉してもらって作成する遺言書です。
遺言の内容を秘密にでき、改ざんされるおそれがないというメリットはありますが、証人2名が必要であるなど、作成手続が面倒であり、上記公正証書遺言よりは安いですが、費用もかかるというデメリットがあります。
結局、どの形式で遺言書を作成すればいいのか?
そもそも遺言書を作成する目的は、①誰に、どの財産をどれくらい残すか、という思いを実現することと、②相続人間に遺産分割をめぐるトラブルを生じさせないことにあります。これらの目的を達成するためには、やはり公正証書遺言を作成するのがおすすめです。
自筆証書遺言は、無効とされてしまうおそれが大きいのですが、遺言が無効になってしまうと、せっかく作っても最初からないものと同じ扱いになってしまいますので、上記①,②の目的を達成できないことになります。また、無効とならなくても、法律に詳しくない方が自分で作成すると、内容が不明確である等の理由でトラブルの原因となってしまい、上記②も目的を達成できないことになり、トラブルの決着によっては上記①の目的も達成できなくなるかもしれません。
この点、公正証書遺言は、法律のプロである公証人が関与のもと作成されますので、遺言者の思いが確実に実現できることが期待できます。また、形式面の不備が生じないことについても信頼ができます。費用はそれなりにかかりますが、後にトラブルとなった場合のコストを考えればはるかに安いといえます。そこで、準備期間に余裕があるのであれば、公正証書遺言を選択すべきといえるでしょう。
これに対し、自筆証書遺言は、無効とされやすいため、なるべく避けた方が無難です。ただし、遺言者が危篤状態になってしまうなど、公正証書遺言を作成する余裕がない場合には、すぐに一人で作成できるという特徴がありますので、緊急のケースではこの方法を選択することになります。
秘密証書遺言については、内容に公証人が関与するわけではないため、上記①、②の目的が達成できないおそれがあるということは自筆証書遺言と変わらず、しかも手続も面倒で費用もかかるため、それなら公正証書遺言を作成した方がよいということになりますので、あまり使い勝手がいいとはいえません。
このように、可能な限り公正証書遺言を作成し、緊急でやむを得ない場合には自筆証書遺言を作成するのがお勧めです。
以下、どうしても自筆証書遺言を作成しなければならない場合に備え、作成時の注意点を解説します。
自筆証書遺言作成時の注意点
形式面
全文、日付、氏名を自書し、押印することが必要です。
自書というのは、遺言者が自分の手で書くことであり、ワープロ等で作成することはNGです。手が不自由な方が、他の人に支えてもらう程度の補助を受けることは可とされています。
日付については、西暦でも和暦でも問題ありませんが、遺言の成立時期を明確にするために必要とされているため、特定の日を指すことが分かる表記でないといけません。「9月吉日」のような記載はNGとされています。記載の場所については特に制限はなく、遺言書の冒頭でも末尾でも大丈夫です。
氏名については、誰が書いたのか分かるのであれば、ペンネームのような通称でもよく、また、氏か名のいずれかだけでもよいとした裁判例がありますが、トラブルを避けるため、戸籍上の氏名をしっかりと自書するようにしましょう。記載の場所に制限がないことは日付と同様です。
押印については、実印である必要はなく、認め印でもよいとされています。ただし、やはりトラブルを避けるため、可能な限り実印を利用するとよいでしょう。押印の場所も特に制限はありませんが、氏名の横に押しておくのが無難です。
これらのうち、1つでも不備があると、遺言全体が無効となってしまいますので、十分注意しましょう。
内容面
あまり複雑な内容を記載すると、内容が一義的でなく、解釈をめぐってトラブルになるおそれがあります。これを防止するには、なるべくシンプルな内容とするよう心がけたいところです。遺産の種類がたくさんあり、それぞれを各相続人に振り分けるような場合には、どの物件を誰に相続させるか、個別に特定する必要があります。このようなケースでは、やはり公正証書遺言を作成すべきといえます。
以下の文例程度に簡単な内容であれば、トラブルが生じるおそれは小さいと思われますので、参考にしてみて下さい。
遺言書の文例
全ての財産を特定の相続人に相続させる場合
遺言者は、全ての財産を妻A子に相続させる。
この文言で全ての遺産を妻が相続することができますが、他に遺留分を有する相続人がいる場合には、遺留分減殺請求を受ける可能性があります。遺留分については、別稿「遺留分とは何か?遺留分減殺請求の時効と効果」にて詳しく解説しています。遺留分減殺請求による紛争を防止するには、下記各相続人に遺産を振り分けて相続させる場合を参考に、他の相続人に遺留分に相当する財産を相続させる内容としておくとよいでしょう。
各相続人に遺産を振り分けて相続させる場合
1 遺言者は、妻A子に次の土地及び建物を相続させる。
(1) 土地
所在 東京都千代田区有楽町○丁目
地番 ○番○
地目 宅地
地積 54.32平方メートル
(2) 建物
所在 東京都千代田区有楽町○丁目○番○
家屋番号 ○番○
種類 居宅
構造 木造瓦葺2階建
床面積 1階 43.21平方メートル
2階 32.10平方メートル
2 遺言者は、長男B男に、遺言者名義の●●銀行日比谷支店普通預金(口座番号1234567)の全額を相続させる。
上記のとおり、遺産は特定できるよう具体的に記載しましょう。不動産であれば登記簿の内容どおりに、銀行預金であれば、銀行名、支店名、口座の種類、口座番号まで記載すれば十分でしょう。
相続人以外の第三者に財産を取得させる場合
1 遺言者は、○山○男(神奈川県横浜市○○在住、生年月日昭和○○年○月○日)に次の土地及び建物を遺贈する。
以下略
相続人以外の第三者に財産を取得させたい場合には、相手が誰なのか特定できるよう、氏名の他、住所や生年月日等を付記しておくとよいでしょう。また、相続人でない相手に財産を取得させる場合には、「相続させる」ではなく「遺贈する」としましょう。
まとめ
円満な相続を実現するには、適切な遺言を作成しておくことが必須であることがお分かりいただけたかと思います。そして、遺言の作成は公正証書遺言の形式が推奨されますが、必要書類や証人の手配も必要となるため、余裕を持って準備するようにしましょう。公正証書遺言の作成方法については、別稿にて詳しく解説します。
また、公正証書遺言を作成する余裕がなく、やむを得ず自筆証書遺言を作成する場合には、形式の不備がないよう十分注意し、なるべく具体的かつシンプルな内容で記載するよう心がけましょう。